第23回世界バドミントン選手権大会は、女子シングル決勝が行われ、大会第7シードの奥原希望は、21-19、20-22、22-20で、第4シードのプサルラ・シンドゥを破り、世界選手権の同種目で日本人初の金メダルを獲得しました。奥原希望選手とはどんな経歴の選手なのかプロフィールを見てみましょう。

奥原希望のプロフィール

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Wikipadiaの情報を参考に整理要約してみましょう。

  • 生年月日:1995年3月13日(22歳)
  • 出身地:長野県
  • 身長:156.3cm
  • 世界ランク:3位
  • 日本ランク:1位
  • 所属:日本ユニシス

小・中学

小学校2年生の時、父親と姉、兄の影響を受けてバドミントンを始める。小学校6年生時にはANAアジアユースジャパン、U13で優勝、全国小学生ABC大会で2位、全国小学生バドミントン選手権大会で女子シングルスベスト8に進出。

大町市立仁科台中学校に進学後は、全日本ジュニアバドミントン選手権大会にて中学1年次には新人部門でシングルスベスト8、中学2年次には新人部門でシングルス優勝、中学3年次ではジュニア部門でシングルス2位。

高校

2010年4月に長野から単身で埼玉県立大宮東高等学校へ進学、高校1年生次は全日本ジュニア選手権で優勝、インターハイは3位、全日本総合バドミントン選手権大会でベスト16。

高校2年生次の2011年は全日本ジュニア選手権で2連覇を達成、インターハイ初優勝(翌年も優勝)。また、この年からは国際試合にも出場し、オーストリアインターナショナルチャレンジで優勝、ヨネックスオープンジャパンベスト16、カナダ・オープングランプリでベスト4などの成績を残し、世界ジュニアバドミントン選手権大会では銅メダルを獲得。

全日本総合選手権では決勝戦に進出。決勝戦では2008年以来本大会3連覇中だった廣瀬栄理子(パナソニック)と対戦する予定であったが、決勝戦当日に廣瀬が体調不良により試合を棄権したことにより、不戦勝で優勝が決定した。これにより、奥原は宮村愛子(熊本中央女子高等学校)の持つ18歳4ヶ月を大幅に更新する16歳8ヶ月での史上最年少バドミントン全日本女王となった。全日本総合での活躍が認められ、2011年12月21日付けで発表されたバドミントン日本代表に初選出された。

2012年はアジアユースU19選手権で銀メダルを獲得。混合団体戦では日本の初優勝に貢献した。千葉ポートアリーナで開催された世界ジュニア選手権では団体戦決勝の中国戦女子シングルスで孫瑜に敗れ、チーム自体も敗れて準優勝。しかし個人戦の女子シングルスでは準決勝で孫瑜に2-0でリベンジし、日本勢対決となった決勝でも山口茜を2-0(21-12 21-9)で降して同大会日本勢初の金メダルを獲得。

しかし、2013年1月に左膝の半月板を損傷し、手術を受けた。

実業団

高校卒業後、2013年4月に日本ユニシスへ入社。故障から休養を経て11月の中国オープンから実戦に復帰

2014年11月、スーパーシリーズの香港オープンで準優勝。

2015年のヨネックス・オープン・ジャパンでは決勝で山口を下してスーパーシリーズ初優勝を果たした。同年12月の全日本総合選手権では決勝に勝ち上がり、佐藤冴香を2-0(21-12, 22-20)で下して4年ぶり2度目となる全日本女王の栄冠を手にした。同月、スーパーシリーズファイナルズでは、グループリーグと準決勝で世界選手権2連覇中のカロリーナ・マリンを2-0で降すなど1セットも落とさず決勝に進出。決勝でもロンドンオリンピック銀メダルの王儀涵を2-0(22-20、21-18)で破り、日本人で初めてスーパーシリーズファイナルズのシングルスで優勝した

2016年3月、全英オープンで王儀涵、カロリーナ・マリン、王適嫻を連破し、同大会女子シングルスの日本人選手では1977年の湯木博恵以来となる優勝。大会後に発表された世界ランクが自己最高の3位となる。同年8月のリオデジャネイロオリンピックでは準々決勝で山口茜との日本人対決を制し準決勝に進出。準決勝では敗れたものの、3位決定戦の相手李雪ゼイが怪我で棄権したため不戦勝で銅メダルを獲得し、日本のバドミントン史上初のシングルスでのオリンピックメダリストとなった。

2017年8月、スコットランド・グラスゴーで開催された2017年世界バドミントン選手権大会において、準々決勝でリオ五輪金メダリストのカロリーナ・マリン、決勝で同銀メダリストのプサルラ・シンドゥを破って優勝、日本バドミントン史上初の世界選手権女子シングルスの金メダリストとなった。

要約するつもりが、どこを整理してよいかわからず、完全なコピペ原稿になってしまいました。すみません。小学校のころから、常にトップを走ってることが、よく分かると思います。

今回の世界選手権女子シングルスは

今大会最長となる2時間に渡る激戦だったようです。粘り勝ちを納めた奥原は、試合後、「この勝利が誰かの刺激になればいいと思う」「第3ゲームは非常に接戦だったし、自分も本当に疲れていたが、それでも楽しもうと思った。相手にもかなり疲れが見え、苦しんでいるのがわかった。気持ちで勝ち切ることができた」と語りました。

また相手が昨年のリオデジャネイロ5輪準決勝で苦汁をなめたシンドゥだったことに対して、「あの試合から多く鋸とを学んだ」と語り、「きょうは戦術を変えて、彼女をもっと動かし続けようと試みた。ファンの方々は素晴らしかったし、雰囲気も最高だった」と振り返った。

世界選手権の舞台で日本勢が金メダルを獲得したのは、1977年に開催された第1回大会以来で、当時は栂野尾悦子/植野恵美子組が女子ダブルスを制している。